2011年8月31日水曜日

Exit through the gift shop:イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ




現代美術とはPunkである




既存のシステムに唾を吐き捨て中指を立てる!
その姿勢こそが現代美術の根源であり、その姿はまさにPunkである事を教えてくれる
現在、世界で一番有名なグラフィティ・アーティスト、Banksyの初監督作品

なるほど、Graffitiにしても映画にしてもBanksyのスタンスは変わらないんだな
悪戯で何かを伝えるという作風は表現の手法をスプレー缶からフィルムになっても変わらない

90年~現在に通じるグラフィティ・アートシーンのドキュメンタリーでありながら、
Mr. Brainwashという一人のArtistに迫ったドキュメンタリー(?)作品
ティエリーというオッサンをメインに、当初はライター達の姿を潜入取材していくつもりが、
Banksyとの出会いをきっかけに事態は思わぬ方向へ転がっていく

これはいわゆるフェイク・ドキュメンタリーに近い感じ
というのも、主人公とも言うべきティエリーというおっさんのリアリティーがあまり感じられない
そもそもMBWというアーティストとは、Banksy自身の生み出したオルターエゴのように思えた

この作品において、BanksyはMBWの事をこう称している
「Mr Brainwashはアンディー・ウォーホールの生まれ変わりだ」と。
これがあながち冗談ではないと思ってしまうのは、Mr Brainwashのやっている事は
実際にアンディー・ウォーホールがやっている事とあまり変わらないからだ

ウォーホールは「僕を知りたければ作品の表面だけを見てください。裏側には何もありません」 と言い放ち、作品に内面性を求める事を拒否した
それならば、この何も考えていないMBWの作品群はまさにその具現化と言えるのではないか

これを意図してか意図せずしてかは置いておいて、
アンディー・ウォーホールと同じようなことをやっておきながら、僕らは彼が成功していく姿を観て、
どうも腑に落ちない何かもやもやしたものが残るのは何故だろうか―?

それは、この映画で悪戯されているのが僕ら観客そのものだからである
メディアや印象操作で見方を180度変えてしまう僕らに「お前本当にわかって言ってんの!?」
と薄ら笑いで痛烈な皮肉を浴びせかけるような気がする

付加価値やコマーシャルに目を奪われて、作品の本質が分からずに評価されている現状は、
偉そうにArtを語る知ったかぶりとそれにのっかる自分のような人々が造り出したのだ
それは「そうそう、えらそうに映画を評価しているお前の事だよ!」と笑われているような気分にもなった

芸術に興味がある人にも全く興味がない人にも、楽しめてそして考えさせられる
見終わってから、こんなにも作品について語りたい!と思ったのも珍しい
作者の問いかけに、受け取った個人個人が好きなように勘ぐっていく行為が面白い

…って、これこそが、現代アートの楽しみ方じゃないか

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